JR西日本の駅番号は大阪環状線がJR-O08、片町線(学研都市線)・JR東西線がJR-H41。 京阪電気鉄道の駅番号はKH04。 JR東西線・学研都市線の放出駅から河内磐船駅の時刻表です。ジョルダンでは全国の駅の時刻表のほか、新幹線・フェリーの時刻表を検索できます。平日・土曜・休日ダイヤを掲載。日付を指定して検索することもできます。 ]には用地がある。, 片町駅 - 四条畷駅間は、浪速鉄道が生駒山地北部の飯盛山西麓にある野崎観音(慈眼寺)・四條畷神社への参詣鉄道として1895年に開業させたもの。四条畷駅 - 新木津駅・木津駅間は、その頃、大阪進出を計画していた関西鉄道が1897年に浪速鉄道とともに合併した城河鉄道から四条畷駅 - 長尾駅 - 木津駅間の鉄道敷設免許を使い、翌1898年に開通させたものである。, 関西鉄道は網島駅 - 四条畷駅 - 新木津駅間を名阪間を結ぶ本線とし、網島駅 - 名古屋駅間に四条畷駅経由で直通列車を運転するが、1900年に大阪鉄道を合併して名阪間の本線を王寺駅経由に変更、さらに加茂駅 - 奈良駅間を大仏駅経由から木津駅経由に変更した1907年より後は、木津駅 - 桜ノ宮駅・片町駅間を結ぶだけのローカル線となった。同年国有化され、1909年に木津駅 - 桜ノ宮駅間を桜ノ宮線、放出駅 - 片町駅間を片町線とするが、1913年に放出駅 - 桜ノ宮駅間を廃止し、木津駅 - 片町駅間が片町線となった。, 1932年、四条畷駅 - 片町駅間が関西の国電区間では初めて電化され(1929年に開通した阪和線は当時阪和電鉄という私鉄)、木津駅 - 四条畷駅間はC11形が牽引する汽車、四条畷駅 - 片町駅間は電車になった。C11形投入後は蒸気機関車が廃止されるまで、同機が専ら列車牽引に用いられた。, 戦前の当線の特色として、陸軍大阪砲兵工廠(現在の大阪城公園の一部・大阪ビジネスパーク・森ノ宮電車区・Osaka Metro森之宮検車場の地にあった)と沿線に設置された工廠や火薬庫を結ぶ軍需輸送がある。これらの施設までは陸軍の専用線が敷設されていた(星田駅 - 香里製造所・津田駅 - 中宮(禁野火薬庫)・現在の下狛駅付近 - 祝園弾薬庫の3線)。戦後、施設の廃止により香里と中宮に至る専用線は道路化されたが、戦後に米軍および自衛隊の施設に転用された祝園の専用線はその後も使われ、現在もその跡をわずかに留めている。なお、香里製造所の敷地は1958年から香里団地に、専用跡は枚方市道・交野市道に流用された。中宮の禁野火薬庫は小松製作所大阪工場に流用され、1967年10月からはこの頃に一般国道昇格が決定された主要地方道水口枚方線(1970年4月1日に国道307号へ昇格)バイパスに流用されている。, 戦後の1949年には、四条畷駅 - 片町駅間22分間隔、所要時間34分のところを、20分間隔、所要時間は日中22分、朝夕24 - 26分に増発・スピードアップされた。1950年に長尾駅 - 四条畷駅間が電化され、非電化区間は気動車のキハ41000形に変わり、汽車は木津駅 - 放出駅間1日2 - 3往復(放出駅 - 片町駅間と城東貨物線については不明)の貨物列車だけになった(1972年に蒸気機関車使用廃止)。木津駅 - 長尾駅間は気動車が日中以降1 - 2時間間隔で運転されるだけであり、国鉄末期に増発が行われた。, 国鉄分割民営化後の1989年に木津駅 - 長尾駅間が電化され、全区間で電車が運転されるようになった。, 1997年、JR東西線が開業し福知山線(JR宝塚線)・東海道・山陽本線(JR神戸線)との直通運転を開始。同時に京橋駅 - 片町駅間が廃止された[29]。, 以下で区間の「廃止」は特に注記がなければ当該駅および信号場間の営業線としての廃止を意味する。廃止日以降も車両基地への回送線としてや、重複区間であるため一部区間では線路が残っている(いた)場合はその旨注記した。, 祝園駅・同志社前駅・大住駅・藤阪駅・津田駅・寝屋川公園駅・鴻池新田駅がJR西日本交通サービスによる業務委託駅、西木津駅・下狛駅・JR三山木駅が無人駅、それ以外の駅はJR西日本の直営駅である。, 琵琶湖線 - JR京都線 - JR神戸線(北陸本線(米原 - 長浜)・東海道本線(米原 - 神戸)・山陽本線(神戸 - 姫路))- 山陽本線(姫路 - 上郡)- 赤穂線(相生 - 播州赤穂) - 湖西線 - 草津線 - 奈良線 - 嵯峨野線(山陰本線 京都 - 園部) - おおさか東線 - JR宝塚線(福知山線) - JR東西線 - 学研都市線(片町線) - 大阪環状線 - JRゆめ咲線(桜島線) - 大和路線(関西本線 JR難波 - 加茂) - 阪和線 - 関西空港線 - 和歌山線 - 万葉まほろば線(桜井線) - 関西本線(加茂 - 柘植) - 和田岬線 - 羽衣線 - 紀勢本線(和歌山 - 和歌山市), 新快速 - 大和路快速 - 関空快速・紀州路快速 - 丹波路快速 - はるか - びわこエクスプレス - らくラクはりま, 北陸本線 - 琵琶湖線 - JR京都線 - JR神戸線(東海道本線)- 山陽本線 - 赤穂線 - 湖西線 - 草津線 - 奈良線 - 嵯峨野線 - 山陰本線 - おおさか東線 - JR宝塚線・福知山線 - JR東西線 - 学研都市線(片町線) - 加古川線 - 播但線 - 姫新線 - 舞鶴線, 大阪環状線 - JRゆめ咲線(桜島線) - 大和路線(関西本線) - 阪和線 - 関西空港線 - 和歌山線 - 万葉まほろば線(桜井線) - 関西本線 - きのくに線(紀勢本線), 路線名の由来の駅名が廃止になっても、路線名が変更されなかった例としては他に近鉄時代の1976年に西日野駅 - 伊勢八王子駅間が廃止された, 同志社前駅(の旧2番のりば)のみ前述の申入れ通りにはホーム延伸工事が行われなかった。その理由は、同駅で当時使用していた2面2線のうち、駅舎と反対側の線路(旧2番のりば)が京橋方面のみ線路が繋がっていたことである。加えて、駅舎側のホーム(1番のりば)との連絡が構内踏切となっており、1番のりばを延伸すると支障となる構内踏切を撤去して代替設備の設置が必要になるが、1番のりばの木津方面は隣接建物との関係でホーム延伸後も狭く、代替設備の設置が難しいこともあって実現しなかった。, 電気車研究会『鉄道要覧』において、平成二十年度版より、放出駅 - 八尾駅間に代わって営業キロの記載が実施されるようになった。, 2013年(平成25年)3月16日の貨物駅としての開業までは信号場と同様の扱いで供用。, 『JTB時刻表 1988年3月号』p.566の大阪近郊区間時刻表に掲載されている快速列車の時刻より、設定当初は住道駅を通過していたことを確認。, 『JR時刻表 1988年8月号』p.649の快速電車停車駅表、『JTB時刻表』1989年1月号、p.566 の昭和63年9月20日訂補時刻表で確認。, https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39265450R21C18A2LKA000/, https://www.westjr.co.jp/press/article/2019/12/page_15240.html, http://www.westjr.co.jp/press/article/items/181212_00_keihanshin_1.pdf#page=2, 「JR福知山線脱線事故について」, 同志社大学通信『One Purpose』, 2005 June No.143 p.27, 「JR福知山線脱線事故、宇治市小6女子児童刺殺事件に関して」, 学校法人 同志社 事業報告書2005, https://www.sankei.com/west/news/181215/wst1812150004-n1.html, http://www.westjr.co.jp/press/article/items/181212_00_keihanshin_1.pdf#page=10, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=片町線&oldid=80460195, 徳庵駅 - 放出駅間 (1.8km) ※放出駅 - 鴫野駅間はおおさか東線の区間として扱われている, 当線では1991年4月30日から営業運転を開始した。最初に投入されたのはF1編成と呼ばれる試作車7両固定編成で片町駅 - 松井山手駅間の列車に運用された。同年12月から量産車が投入され、木津駅までの全線で運用されるようになった。F1編成は2002年3月23日のダイヤ改正時に当線とJR東西線の運用から離脱したが、その後2005年4月25日の, 11月1日:加茂駅 - 新木津駅間(0.4M≒0.64km)が正式に廃止。木津駅 - 桜ノ宮駅間で営業距離が0.2M(≒0.32km)延長。, 電化当初は4両編成の電車が40 - 60分間隔で1日21往復。木津駅 - 長尾駅間は気動車1日9往復と早朝に下り貨客混合列車1本。, 10月1日:長尾駅 - 四条畷駅間が複線化(一部高架化)。藤阪駅・東寝屋川駅が開業。長尾駅 - 片町駅間の各駅に関西の国鉄線では初めて自動改札機設置。, 6月頃:片町線での101系電車運用が終了(7両編成を6両編成化した上で森ノ宮電車区に転属し、桜島線や大阪環状線で1991年まで運用)。, 3月15日:おおさか東線開業のため、貨物支線 放出駅 - 八尾駅間 (10.4km) が廃止。貨物支線 放出駅 - 平野駅間の起点を放出駅から正覚寺信号場に変更(放出駅 - 正覚寺信号場間がおおさか東線と重複するため)。正覚寺信号場 - 平野駅間に第一種鉄道事業における営業キロ (1.5km) が付与される, 吹田駅は2012年10月8日までの書類上の終点であった。同日付で終点を吹田貨物ターミナル駅に変更。, 全区間が現在のおおさか東線と重複。1987年4月1日の国鉄分割民営化と同時に登記上の起点を放出駅から鴫野駅に変更。巽信号場は1985年3月14日、都島信号場は1984年2月10日にそれぞれ廃止。最末期の2018年12月25日よりおおさか東線延伸区間の試運転が開始されたため, 放出駅 - 正覚寺信号場間は現在のおおさか東線と重複。竜華信号場(旧:竜華操車場)は1997年7月28日、蛇草信号場は2003年3月にそれぞれ廃止。おおさか東線建設の進捗に伴い2007年12月6日から2008年3月9日のみ俊徳道信号場を設置し、最末期の2008年3月9日に正覚寺信号場を新設。, 淀川電車区出入区のため、1985年3月14日まで線路は存続した。放出駅 - 鴫野駅間、巽信号場 - 吹田駅間は現存区間ならびに現在のおおさか東線と重複。千里信号場は1932年7月8日廃止。, 大阪環状線から分岐。淀川電車区出入区のため1985年3月14日まで路線は存続した。, 1913年11月15日開設の非営業の連絡線で同日廃止の網島駅経由の路線の代替をなすものだが、廃止時期不明。京橋駅 - 淀川駅間の貨物線がこの路線をオーバークロスするように建設されている。, 新木津駅:1907年給炭所に格下げ、1911年廃止、木津駅 - 西木津駅間(約0.6), 『近畿地方の日本国有鉄道 -大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年.