78 ... 上野耕路はオーケストラの編曲できる人だから 一緒にラストエンペラーでアカデミー賞取った坂本龍一が僕にはあんな譜面書けないって言わせ … 1999年、全音楽譜出版社より『上野耕路 ピアノ作品集』を出版。 2000年より日本大学藝術学部にて、映画音楽の講義を受け持つ。 2004年、キユーピー「 たらこパスタソース 」のCM音楽が話題を呼ぶ。 ☆戸川純ちゃんの事・28 ... (水) 10:32:33 ID:mIjs9+R20.net ヤプーズ再結成きっかけで再び戸川純熱が高まってきて いろいろネットやらで調べてるんだけど、結局上野耕路とは 結婚したのかな 25~30年ぐらい前にスポニチの芸能欄で2人の結婚が 最近のサブカルを思うに、コスプレの認知度の高まりや、水曜日のカンパネラのような少し狂気じみた音楽なんかは、戸川純を思い出す人もいると思います。 今一度、戸川純を再評価する時代にあると思いますが、いかがでしょう。 コメント (0), 学生時代はそれはもうありとあらゆるマンガを読んでいたのだが、大学を卒業して社会人になるにあたって大部分を処分した。処分の理由は、アパートからの引越しの荷物をなんとか減らしたかったからだが、社会人になってまでマンガもなかろうと、心の中では思っていた。大部分のマンガは古本屋に売ったり、人に進呈したりしたのだが、マンガと完全に決別するというわけではなく、経過措置として今連載されているマンガが連載を終えるまでは読もうと思っていた。また、亭主がこれまで生きて来たなかで、とくに大きく影響を受けた作家の作品は手元に置こうと決めた。幸い?亭主の人生に大きな影響を与えるような作家は皆寡作で、手元に置く分も少なかった。結果、社会人になってもマンガ本が増えることはなかったが、マンガとの付き合いは細々と続いた。毎週・毎月楽しみにしている作品があって、立ち読みなどでストーリーを追ったり、どこかで「この作品が面白い」などと聞きつけると、マンガ喫茶で読んだりもしていた。本もいくらかは買っていた。結婚するということになって、やはりアパートを引き払う際にさらに大々的にマンガを処分したのだが、このときは処分するほどのものはなく、10冊程度を売ったに過ぎない。ここ数年は、週刊誌・月刊誌で楽しみにしていた作品が次々と完結していて、いよいよ亭主とマンガとの関係は断ち切られてしまうのか―――とも思ったのだが、鋼の錬金術師が完結したのをきっかけに全巻購入してしまった上に、Hunter x Hunterも買い揃えてしまった。先日、Kindleペーパーホワイトを買った際には辛抱たまらずOne Pieceを全巻大人買いしている。ただ、亭主とマンガとの距離は以前よりもかなり遠い。今、楽しみにしている作品はOne Piece(尾田栄一郎)進撃の巨人(諫山創)ジョジョリオン(荒木飛呂彦)銀の匙(荒川弘)ヒストリエ(岩明均)Hunter x Hunter(冨樫義博)くらいで、ただし最後から2つの作品は現在はほぼ連載が停滞している。そのほかにも細かい作品をちょこちょこと買ってはいるが、一巻ないし二巻で読むのをやめている。最近の作品、面白いといえば面白いのだけれど、ずっと手元においておきたいという内容でもなく、話題作だから、話の種になるからとさっと目を通して終わりにしている。昔の亭主の熱の入れ様からすれば恐ろしいほど冷淡だ。亭主がこれまで生きて来たなかで、とくに大きく影響を受けた作家は紫堂恭子高野文子つげ義春あたりだろうか。紫堂恭子はファンタジー系の作品を多く発表する。亭主は代表作である「辺境警備」「グラン・ローヴァ物語」が特に好きで、「辺境警備」の主人公サウル・カダフ(通称隊長さん)、「グラン・ローヴァ物語」の主人公グラン・ローヴァ(大賢者)の飄々とした人柄に憧れる。前者は中年のおっさんとしての飄々さ、後者は歳を経ても少年のような飄々さ。彼らの生き方は周囲の人々に影響を与え、人々を成長へと導いてくれる。高野文子は女流漫画家の大家であり、寡作ながらも人々の心に確実に届く作品を発表する。「おともだち」「棒がいっぽん」「るきさん」あたりが代表作だろうか。作品には少女、女学生、そしてオトナの女性、昭和の古くから平成まで様々な女性が登場するが、その誰もが生き生きと、自身の人生を謳歌している。ストーリ構成も巧みであり、短いながらも一つの作品に明確な主題と、結末が用意されている。つげ義春は、亭主の青春時代(高校~大学卒業)における考え方や価値観、死生観にまで影響を与えている。「ねじ式」や「夜が掴む」「外のふくらみ」などは当時の精神状態をそのまま絵にしたような作品であったし、「無能の人」や一連の旅にちなんだ作品は当時自信を失い、存在を消してしまいたかった亭主にとってある種の疑似的な逃避体験だった。正直に言うが、今でも亭主は許されれば今の生活から消え去りたいし、どこか深山幽谷に篭って俗世との関わりを断ちたいと思っている。しかし現実には許されるはずもなく、せめての慰めにと氏の作品を読んでいる。面白いマンガ、魅力的な画や巧妙なストーリ、あるいは作品全体から醸し出す雰囲気が好みのマンガはたくさんある。注目している作家も少なくない。しかし、自身の生き方や考え方にまで影響を与えるようなマンガや作家はそう多くはない。社会人となって、また歳を重ねてマンガが格段に面白いと思えなくなってきても、自身に影響を与えた作家の作品だけは、いつまでも手元においておきたいと考えている。, 投稿情報: 23:45 カテゴリー: Books, Essay | 個別ページ 上野耕路の重厚なオーケストレーションと絶頂時の戸川純の歌で再演したら、 さぞやスンバラスィ~ものになりそう。 7 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/01/09 23:28 ID:ZEm5a4BN そういえば山下達朗のサウンドストリートで 特集やったりしてたなー。 コメント (0), 小学校からの親友で、大学2年生くらいまでは、夏休みや正月休み、ゴールデンウィークなどを利用して遊びに行ったり、あるいは二人で車に乗って遠くに出かけたりしていた。当時は文通などもしていたりして、こちらは松本や浦和、友人は地元にいて、いろいろと将来の夢を語ったりしていたものだ。, 亭主は予備校に1年通った後大学に入り、病室のような狭い寮で鬱々とした日々を送っていた。, 一方友人は高校を卒業した後、愛知県岡崎市のトヨタ系列の自動車部品メーカに勤めていたのだが、途中で会社を辞めて地元のデザイン会社に再就職した。, 友人は小学校の頃から絵が上手だったので、おそらくはうまくやっているものだろうと思っていた。地元のスーパーの包装紙のデザインを手がけていたとかで、(亭主自身はその包装紙を見たことがなかったのだけれど)自分の中でもちょっとした自慢だった。, そもそも彼は、亭主と同じように都会に出て、イラストレーターか漫画家か、あるいはデザイナーになりたかったようだが、彼の家の事情がそれを許さなかったようだ。彼の手紙にはいつも彼が思い描いているという作品世界のことが、壮大な構想とともにつづられていて、亭主も読むのを楽しみにしていた。当時亭主も、同じく大きな構想の下にシナリオを考えていて、互いの手紙の中でその構想の一部を語っていた。, 亭主の寮に、友人から電話がかかってきて、「O君が死んだ、自殺だ」と告げられたとき、亭主はなにも言葉を返せないでいた。「これから葬式だ、行ってくる」。だが亭主は授業があることを理由にO君の葬式には結局行かなかった。, それ以降、夏休みや冬休み、ゴールデンウィークなどに彼を訪ねても、家には上げてもらえるもののどこかよそよそしく、会話が弾まなかったことを覚えている。次第に疎遠になり、彼のことを次第に思い出さなくなり、ときどき父や母が彼のことや、彼の母親のことを話題にしても、気にかけることもなくなっていた。, 幹事が電話口でいろいろと話しかけても、口ごもり、なにか言い訳をするばかりで決して参加するとは言わなかったらしい。心配になったが、どんな声をかけたものか、どんな顔をして会いに行ったものかわからない。そもそもO君が自殺した原因すらも、亭主は聴かされていない(それ以前に自殺の原因がわかっていたのかすらもわからない)。, 携帯電話など無い時代に疎遠になってしまったので、連絡する方法が(実家に押しかけるくらいしか)思いつかない。, 投稿情報: 00:10 カテゴリー: Essay | 個別ページ 人生なんて白箱だ!40過ぎて人生駄目駄目で終わらせないために、借金を返済して自由を手に入れるまでの記録, 2018.03.09 MOVIES ※ 初 の メ イ ン MC. ID:Zov8CJ36MK, 133. 携帯 (33) 健康 (18) ... やマリアンヌ・フェイスフルのように、伝説であると同時に現役であり続ける異能の人、戸川純。細野晴臣も認めた天才・上野耕路と組んだゲルニカで、初めてその歌姫ぶりを発揮。 | | ( ANB 1990年  – 1991年 ), ヒ ッ ト ス タ ジ オ R&N ※ メ イ ン MC. コメント (0), 亭主の父親の話によれば、亭主が子供の頃、長野県は駒ヶ根市の中沢という地区に、ある老婆がおりました。, 老婆はいつも、その地区にあるつづれおりの坂道の曲がりに立ち、泣きながら坂道を通る車にわめきちらし、石を投げていたそうです。, 老婆がいつからそこにいたのか、あるいはいつまでそこにいたのかはわかりません。しかし当時老婆がそこにいて、泣き叫びながら車に対して石を投げつけていたという話を亭主は明確に記憶していて、免許を取ってその辺りを通る際にはいつもその話を思い出していました。, 老婆がなぜ泣き叫びながら、車に対してわめき、石を投げていたかはわかりませんが、なにか理由があったものと思われます。たとえば子供を車で亡くしたなどの理由から車に恨みを持っていたならば、老婆の怒りや悲しみは我々にも充分に理解できたことでしょう。, 年月は経ち、老婆はその坂道からいなくなりました。しかし現代のネット社会には、公道たるネットのコミュニティの中で泣き叫び、わめきちらし、石を投げる人がいくらでもいるようです。しかも「老婆」などというある種都市伝説じみたシチュエーションではなく、成人として充分成熟し、社会で活躍し、社会的にそれなりの地位にある人間が、なりふり構わずコミュニティで怨嗟の声を上げているのです。, 彼らを目にするたびに亭主は子供の頃父親から聞かされた老婆の姿を思い出し、そして遠く過ぎた高度経済成長期の世界と、現代のネット社会が地続きであることをまざまざと実感してしまうのです。, 投稿情報: 23:49 カテゴリー: Essay | 個別ページ ID:oYBDHDgc2b, 安室奈美恵「ごはんにのりたまは譲れない」「ライブ前にはとんこつラーメンを食べる」など庶民派な一面を明かす, 年収300万円の20代独身男性「国は婚活パーティーに税金を使うべき。そうすれば結婚したい人も子どもも増える」, 「小遣い月1万3000円、昼食代込み。家事育児も疲れた」という夫に同情の声相次ぐ 「下僕のようで可哀そう」, ジャニーズWEST、関ジャニ∞となにわ男子の活躍に「飛ばされてるんです、僕ら」と本音……USJアンバサダーめぐりファンも「複雑」「切ない」, ヘルタースケルターの映画でむしの女がかかった時はびっくりしてなんだか心がざわついた, マガジンハウスとかの出してる雑誌、anan(当時のananは今と雰囲気違った)とかに玉姫様かな?のアルバムの広告が載ってて独特な世界観なのでずっと見つめてしまった。何か惹かれるものがあったのかも。, 水曜日のカンパネラってバンドの曲こないだ聴いたけど、奇をてらってる感じはあっても他になんの印象にも残らなかった。, 戸川純はエキセントリックでメンヘラで、妹の戸川京子は現実的でしっかりしているって印象だったから、まさか妹の方が自殺するとは思ってもみなかった。, 平沢進経由で 戸川純を知ってはいたけど 人物像が今一つつかめない感じだった。鳥居みゆきとかカンパネラっぽいんですね。歌唱も独特ですよね(^-^) ラジャマハラジャを子供時代よく聴いてたから あぁ~あの人か‼ と なりました, 家族ゲームで団地住まいの戸川純さんが舅さんが亡くなって、その亡骸をいれた棺おけをどうやって降ろして運ぼうかと由紀さおりさんに相談してましたよね, 20年位前高校生の時初めてバーバラセクサロイドを聴いて何ちゅーかっこいい曲やー!っとファンになりました。, 数年前、電車の中でお見かけしました。目立たないようにされているのか、驚くほど普通の方でした。, 昔純ちゃんのライブめっちゃ行ってました。今でも純ちゃんのグッズやビデオや切抜きは捨てられない。, 何かの番組で戸川純がお着物着てたんですけど、似合いすぎだし色っぽくてすっごく素敵だった♡, 幽遊白書の同人誌を出してた榎本ナリコ(別名野火ノビタ)っていう方が戸川純の歌詞をテーマにした本を出していて知った, アングラ、サブカルポジションと思いきや、北野武やタモリさんなど大御所と共演やメジャーなドラマ、映画、CMも出れちゃう凄い人。, 椎名林檎や鳥居みゆきに影響を与えた「戸川純」というオンナ。 - NAVER まとめ, Susumu Hirasawa - Sanchou Harete - YouTube, □玉姫様 / 夢見る約束 - 戸川 純 [日本の爽やかな朝] - niconico. | コメント (0), 亭主は、高校の同期であるK氏、T氏、Y氏らとともに松本にある予備校の寮に居て、気ままな(しかしどこかに不安を残した)浪人生活を送っていた。まるで独房のようなクソ狭い(確か3畳も無かった気がする)寮室で悶々と受験勉強をするしかなかったとはいえ、亭主は同期の仲間たちとそれなりに楽しく過ごしていた。一ヶ月の生活費をどれだけ切り詰められるか、食費はもちろん、毎月集金に来る寮室の電気代を節約するため、なんだかずいぶんセコいことをやっていたような気がする。エアコンを使わず、また部屋の電灯をつけず、廊下にたむろしては廊下の床で勉強をしていたことが思い出される。もちろん勉強だけでなく、怪しいこともずいぶんやった。おかしな俳句をひねり出しては廊下の壁に貼り付けて喜んでいた。当時の寮長は「駄菓子屋」などとあだ名されるちょっとクセのある老人だったが、それでも亭主たちの怪しい行動は、クセのある駄菓子屋からみても変わって見えたのではなかろうか。, 寮はビジネス旅館を改装したものだった。寮室は牢獄のように狭かったが、風呂はもと旅館だけあってそれなりに広かった。寮の近所にかつてビジネス旅館だったころの看板があって、「ミネラル鉱泉・大八旅館→」などと書いてあるところをみると風呂もまた売りだったようだ。ただ、ミネラル鉱泉なるものが実際にどんなものなのだったかは、とうとうわからなかった。風呂の洗い場には、おおよそ10年来も使っていないような蛇口がいくつかあって、カランをひねると真っ赤な鉄錆の水が出てきた。この赤いのがミネラル・・・というわけではなかろう。, 寮生の長湯を防ぐためか、それとも単に駄菓子屋の趣味だろうか、風呂は殺人的に熱かった。もともと亭主自身熱い湯は得意ではなかったが、それにしても湯船の湯の熱さときたら常人の我慢するレベルを超えていたように思う。亭主は、まずはひたすら洗い場でカラダを洗い頭を洗い、もうどこもキタナイところなどない、完璧な状態でおっかなびっくり風呂に入り、体をむやみに動かさないよう必死に湯の熱さに耐えていた。以降亭主は、大学の学生寮で、会社の寮で大きな風呂にはいるわけだが、あれほどに熱い湯は結局経験していない。, 亭主と同期は、少し明るいうちから寮の風呂に行った。寮には先客の駄菓子屋が居て、うーんうーんと唸りながらクソ熱い風呂に入っていた。カラダを洗いながらよくあの熱い風呂に入れるな、やはり趣味なのかなと思っていると、駄菓子屋が不思議な笑い声を上げながら風呂から出て行った。さて、亭主らが風呂にはいろうとすると, 充分に把握しないまま同期が物体を洗面器にすくい取り、とりあえず風呂に入ってそうそうに上がった。風呂から出て体を拭きながら、あれはいったいなんだったのだろうという話になり、念のためと風呂に置いてきた洗面器を見たところ、やはりぷかぷかと浮いて単振動を繰り返している。だが、駄菓子屋に報じ、彼が風呂ににきたときには、異臭物は消えていた。, 投稿情報: 23:35 カテゴリー: Essay | 個別ページ ※ 「 テ レ フ ォ ン シ ョ ッ キ ン グ 」 「 オ レ ン ジ ・ ス キ ャ ン ダ ル ( 1984年 4月  – 9月  火 曜 の 準 レ ギ ュ ラ ー ) 」 「 日 曜 お 気 楽 組 」 「 私 、 新 聞 ・ 雑 誌 に 出 た こ と あ り ま す 。 」 の コ ー ナ ー ほ か 。 ( フ ジ テ レ ビ ), HELLO! コメント (0), 品川と名古屋を約40分で結ぶという、ある意味「ワープ航法」な移動速度に加え、停車駅が各県1駅づつと最小限だったり、インターネットでしかチケットが買えなかったり、地下40メートルに駅を建設したり、路線の約86%がトンネルだったり―――と新幹線や在来線の延長ではなかなか思いつかない斬新なアイデアが盛り込まれていて、個人的にはかなり面白い試みだとおもっている。ビジネス向けを想定しているのは、在来線との接続のよさや都市の発展計画といった部分を一切切り捨てた結果なのだろう。相模原や甲府あたりは、それでも「都市」であるし、在来線とのアクセスもそれなりに確保されている。ところが長野県唯一の駅である飯田ともなると、在来線である飯田線の不便さ、他の地方都市とのアクセスの悪さが際立ち、交通網の体をなしていない。しいて交通網を挙げるとするならば、地元に根付いた車文化と、中央高速を挙げればよいか。住民たちは飯田線を利用せず、リニアの駅の周辺まで車を利用し、近隣に駐車し、東京や名古屋で用事を済ませたあとは、リニアの駅からさっさと車で帰宅する。これでは街の発展は望めそうにない。なにしろ何にもない街なのだ。, 飯田も、その昔はそれなりに県南部の中核都市として栄えていて、小さいながらも動物園があったり、映画館を含めた大きな商店街があったりもした。亭主は高校卒業まで伊那と飯田のちょうど真ん中あたりに住んでいたので飯田にもちょくちょく行っていたのだが、飯田駅を中心とした歴史ある町並みに「品格」を感じそれなりに憧れを感じていたものだ。今、飯田駅前がどうなっているのかはわからない。ただ、郊外への大型店舗の相次ぐ出店と、対照的にどんどん本数が削られていく飯田線のダイヤをみていると、リニアが地域振興のカンフル剤となる可能性は低いようにおもわれる。もちろん地方にはこれからどんどん発展して欲しいから、これから様々なアイデアが生まれることに期待しているのだけれど。, 父親と、飯田の映画館に「サイボーグ009超銀河伝説」を見に行ったり、「伝説巨神イデオン・接触篇」のLPを買ってもらったり、正月にウォッチマンというディスカウントショップに行き福袋を並んで買ったり、飯田のユニーで電子ブロックの追加パーツを買ったりと思い出は多い。, ただ、いまひとつパッとしないというか、自分でもネタとして展開するにはあまりにもマイナーネタばかりで、亭主自身これらをどう料理したものかわからない。, そういうマイナーさが飯田なのだというよりも、亭主自身がマイナーを好む人間だったとしたいいようがなく、町おこしよりも自分起こしが先だろという話もあるが、これはまた別の機会。, ともかくも、リニアが通ったら、東京・品川と飯田市の間の移動時間は30分足らずとなる。, それならば現行の中央高速バスを、飯田市を中心とした高速&路線バスに再編したほうが、もしかしたら飯田市の発展に貢献するかもしれない。飯田を観光都市とするよりも、品川や名古屋へのアクセスのためのサービスエリア的な都市、物流や製造業の拠点としての都市として発展するほうがメがあるのかもしれない。, 投稿情報: 00:41 カテゴリー: Essay | 個別ページ ID:9KINPjupR5, 112. ニコ動からサルベージ。 すいません、このバージョンがやっぱり一番好きなんです ↓↓ http://www.nicovideo.jp/watch/sm1192495, 「ニコニコ動画」は音楽・お笑い・アニメ・ゲームなどの動画再生中にコメントを付けて楽しむ動画コミュニティサイトです, 94. コメント (0), チャトランという名前のとらねこを何匹飼ったのか、亭主もはっきり覚えていないのですが、たぶん3匹くらいは続いたと思います。, チャトランが死んで家族が悲嘆にくれていたら、知り合いがまったく同じ柄のとらねこを連れてきて、やはりチャトランという名前をつけたこともありました。, 亭主のPCのデジカメ画像フォルダに、1998年以降チャトランと名前のついたフォルダがちらほらありまして、たぶん時期が近いので同一猫物なのでしょうが・・・。, 投稿情報: 11:43 カテゴリー: Essay | 個別ページ ( CX 1990年 ), ビ ア リ ズ ム  ※ メ イ ン MC. 亭主が当時好きだったゲルニカ(上野耕路+戸川純+太田螢一)のアルバムを二人で聴いていて、彼が新しいフレーズをひらめいたこともある。バイト代が出たからと、浦和駅前のショットバーに誘われた … 『 笑 っ て い い と も !』 の 1コ ー ナ ー 「 オ レ ン ジ ス キ ャ ン ダ ル 」 で 話 題 を 呼 ぶ 。 こ の コ ー ナ ー は 視 聴 者 か ら 寄 せ ら れ た 男 女 関 係 の 相 談 に 対 し 答 え る と い う も の 。 タ モ リ と 兵 藤 ゆ き の 丁 々 発 止 の 論 議 の 合 間 に 戸 川 が 独 特 の リ ズ ム で 意 見 を 入 れ る や り 取 り が コ ー ナ ー の ひ と つ の 魅 力 で あ っ た 。, 『 笑 っ て い い と も !』 「 テ レ フ ォ ン シ ョ ッ キ ン グ 」 の コ ー ナ ー に ゲ ス ト 出 演 し た 際 、 芸 能 界 入 り の 動 機 と し て 「 小 さ い 頃 い じ め ら れ っ 子 だ っ た の で 、 ( 出 世 し て ) 見 返 し て や ろ う と 思 っ た 」 と 語 っ た 。 「 宝 島 」 誌 に お け る い し か わ じ ゅ ん と の 対 談 に よ る と 、 戸 川 は 子 供 の こ ろ 大 変 醜 く 、 「 太 っ た 山 下 達 郎 」 と 呼 ば れ て い た と い う 。 い じ め の 理 由 を 問 う と 、 加 害 者 た ち は 「 ブ ス だ か ら だ よ 」 と 笑 い な が ら 答 え た と の こ と 。, 中 高 生 の 頃 は 女 優 志 望 で あ こ が れ は 李 香 蘭 と ク レ オ パ ト ラ だ っ た と も い う が 、 吉 永 小 百 合 の よ う な 女 優 を 目 指 し 、 高 校 時 代 、 毎 日 屋 上 で 発 声 練 習 や 腹 筋 運 動 な ど を か か さ ず 行 う な ど 地 道 な 努 力 を 重 ね た 。, 高 校 時 代 の 門 限 は 17時 。 思 う よ う に 外 出 で き ず 、 ま た 憧 れ の 芝 居 に も 十 分 に 取 り 組 め な い 中 、 唯 一 の 楽 し み は 食 べ る こ と で あ っ た 。 そ の た め 、 62キ ロ ま で 太 っ た 。, 高 校 時 代 に 父 親 が 経 営 す る 喫 茶 店 で ア ル バ イ ト を し た 際 、 コ ー ヒ ー の ミ ル ク を 2つ 要 望 す る 客 が い た 。 戸 川 は そ の 客 の 顔 を 覚 え 、 再 び 来 店 し た 際 に 言 わ れ な い で も ミ ル ク を 2つ 出 し た 。 客 は 特 に 反 応 し な か っ た が 、 仕 事 を し た 達 成 感 を 密 か に 味 わ っ た 。, 妹 の 戸 川 京 子 と は 対 照 的 な 姉 妹 と 見 ら れ る こ と が 多 く 、 本 人 た ち も 自 分 と は 異 な る 性 格 の 相 手 を 疎 ま し く 思 う 時 期 も あ っ た 。 し か し 、 高 校 の と き 、 京 子 と 徹 夜 で 議 論 を 交 わ し た こ と を き っ か け に 、 お 互 い に 結 構 似 た 者 同 士 で あ る こ と が 判 り 、 そ れ 以 降 は あ た か も 親 友 同 士 で あ る か の よ う な 親 密 な 姉 妹 に な っ た 。, 厳 格 な 家 庭 で 高 校 生 ま で は 「 日 曜 日 は 外 出 禁 止 」 で あ っ た 。 大 学 に 入 学 し た 1979年 か ら 「 日 曜 日 も 外 出 可 能 」 と な り 、 映 画 を 見 る た め 出 か け て い た 日 比 谷 公 園 で 、 た ま た ま 、 後 に ゲ ル ニ カ で コ ン ビ を 組 む 上 野 耕 路 が 所 属 し て い た パ ン ク ・ バ ン ド 「 8 1/2」 の ラ イ ブ を 見 て フ ァ ン と な り 、 二 回 目 に 観 に 行 っ た ラ イ ブ で メ ン バ ー に 声 を 掛 け ら れ 知 人 と な り 、 彼 ら が 出 入 り し て い た 渋 谷 の 伝 説 的 ロ ッ ク ・ カ フ ェ 「 NYLON100%」 に 入 り 浸 る よ う に な る 。 戸 川 は 女 優 志 望 で ミ ュ ー ジ シ ャ ン に な る つ も り は な か っ た が 、 「 NYLON100%」 で 彼 女 が よ く 歌 っ て い た 李 香 蘭 の 「 蘇 州 夜 曲 」 を 上 野 が 気 に 入 り 、 ゲ ル ニ カ が 結 成 さ れ る こ と に な っ た 。, 芸 能 界 で 活 動 す る よ う に な っ た と き 、 「 芸 能 人 は こ う で な け れ ば 」 等 々 、 勝 手 に 様 々 な 制 約 を 背 負 い 込 み 、 そ れ が 大 き な プ レ ッ シ ャ ー に な っ た 。 戸 川 に と っ て 音 楽 活 動 は そ う し た ス ト レ ス を 発 散 さ せ る も の と し て 当 初 は 位 置 付 け て ら れ て お り 、 本 人 は あ く ま で も 本 格 派 女 優 を 目 指 し て い た 。, 1980年 代 初 頭 は 、 山 崎 春 美 率 い る バ ン ド 「 TACO」 の ボ ー カ リ ス ト で あ っ た ロ リ ー タ 順 子 ( 1987年 死 去 ) と キ ャ ラ が か ぶ っ て お り 、 ま た 個 人 的 に も 親 交 が 深 か っ た 。, 1982年 に 『 刑 事 ヨ ロ シ ク 』 で 初 め て レ ギ ュ ラ ー の 役 を 演 じ る 。   警 察 署 少 年 特 捜 班 の お 茶 汲 み 員 の ( 西 ツ ヤ ) を 本 人 は こ の 役 は 「 性 格 の よ い 子 」 で あ る と し 、 と て も 気 に 入 っ て い た 。, 話 の リ ズ ム や 作 品 世 界 か ら 、 「 変 わ っ て い る 」 「 個 性 的 だ 」 と の 評 価 を 受 け る こ と が 多 い 。 し か し 、 な か に は 「 わ ざ と 個 性 的 で あ る か の よ う に 見 せ て い る 」 「 ネ ク ラ や 病 気 を 売 り に し て い る 」 と の 誤 解 も あ り 、 戸 川 本 人 は そ う し た 誤 解 に 苦 し ん だ 。, 自 分 と は 違 う 人 物 に な り き る こ と が 出 来 る 点 に 芝 居 の 魅 力 を 見 い だ し て い る 。 ま た 、 ラ イ ブ で の 一 見 奇 抜 な 衣 装 も 、 作 品 世 界 の 様 々 な 状 況 に お け る 人 物 に な り き り た い と い う 変 身 願 望 に 基 づ い て い る 。, 自 分 の 中 に 複 数 の 人 格 が 存 在 し て い る の で は と 感 じ て お り 、 ど れ も が 自 分 の 姿 で は あ る が 、 状 況 に よ っ て ど の 人 格 が 出 て く る か が 異 な る と 考 え て い る 。 そ の た め か 、 撮 影 現 場 で の 自 分 の 様 子 等 を 後 日 他 人 か ら 話 さ れ る と 驚 く こ と が あ る 。 様 々 な 衣 装 で 扮 装 す る の が 好 き な の も 、 特 定 の 何 者 か に な り き る こ と が 出 来 る か ら で あ る 。, 話 し 方 に 独 特 の 間 が あ る た め 、 歌 番 組 な ど の ト ー ク で は そ の 場 が 水 を 打 っ た よ う な 静 け さ に な る こ と が あ る 。 そ の 間 に 聴 き 手 が 予 想 す る 答 え と 実 際 の 答 え が 異 な る こ と が 多 く 、 こ れ が 聴 き 手 を 驚 か せ た り 笑 わ せ た り す る 要 因 で あ る と い わ れ る 。 し か し 、 1人 で し ゃ べ る と き は こ の 間 が あ ま り 出 な い 。, 視 力 は 0.01で 乱 視 。 こ の た め か 、 人 と 話 す と き 相 手 の 顔 で は な く 壁 や 机 を 見 る 癖 が あ る 。, 1990年 に 椎 間 板 ヘ ル ニ ア の た め 2か 月 ほ ど 入 院 す る 。 そ の 間 、 髪 を 三 つ 編 み に す る な ど 、 薄 幸 の 少 女 に な り き ろ う と し た が 、 治 療 の た め 病 室 用 浴 衣 を 後 ろ 前 に 着 ざ る を 得 ず 、 薄 幸 の 少 女 に は な り き れ な か っ た 。, 戸 川 本 人 の 寝 煙 草 が 原 因 で ボ ヤ を 起 こ し て し ま い マ ス コ ミ の 標 的 に な る 。, 「 不 思 議 少 女 」 キ ャ ラ で あ る た め 、 周 囲 に そ の 種 の 女 性 が 寄 っ て 来 る こ と が 多 か っ た が 、 本 人 は そ の 種 の 人 物 が 近 寄 っ て く る こ と を 嫌 悪 し て い た 。 ま た 、 『 笑 っ て い い と も !』 の コ ー ナ ー 「 私 、 新 聞 ・ 雑 誌 に 出 た こ と あ り ま す 」 に 出 演 時 に は 司 会 の タ モ リ に 「 ち ょ っ と 近 寄 り が た い も の あ り ま す が 」 と 言 わ れ て い た 。, 香 山 リ カ の 1980年 代 回 顧 本 『 ポ ケ ッ ト は 80年 代 が い っ ぱ い 』 に 、 デ ビ ュ ー 前 の 戸 川 は 「 ク リ ス タ ル 族 の 女 子 大 生 」 と し て 登 場 し て い る 。 し か し 、 イ ケ イ ケ ギ ャ ル 風 に 描 か れ て い る の で 戸 川 本 人 は ち ょ っ と 違 う の で は な い か と 思 っ て い る 。, Peach – ど ん な こ と し て ほ し い の ぼ く に ( 1989年 ), 男 は つ ら い よ  ぼ く の 伯 父 さ ん ( 1989年 ) ど ぜ う 鍋 店 員, ス パ イ ・ ゲ ー ム ( 中 日 南 北 和 ) ( 1990年 ) ※ 香 港 と 日 本 の 合 作 映 画, ワ ン ル ー ム ・ ス ト ー リ ー 「 い か し た ベ イ ビ ー 」 ( 1991年 ) 監 督 ・ 脚 本 ・ 主 演, ゆ ・ め ・ み ・ た ・ い ( 東 京 乾 電 池 /作 ・ 演 出 : 岩 松 了 /渋 谷 ジ ャ ン ・ ジ ャ ン /1983年 7月 ), ク ラ ウ ド 9( 作 : キ ャ リ ル ・ チ ャ ー チ ル /演 出 : 木 野 花 /渋 谷 PARCO劇 場 /1988年 2月 ), 真 夏 の 夜 の 夢 ( サ ー ド ス テ ー ジ /作 : ウ ィ リ ア ム ・ シ ェ イ ク ス ピ ア /演 出 : 木 野 花 /東 京 グ ロ ー ブ 座 /1989年 7月 ), お 月 さ ま へ よ う こ そ ( ド ラ マ テ ィ ク ・ カ ン パ ニ ー /作 : ジ ョ ン ・ パ ト リ ッ ク ・ シ ャ ン リ ィ  /演 出 : 宮 島 秀 司 /渋 谷 シ ー ド ・ ホ ー ル /1990年 6月 ), 三 人 姉 妹 ( 作 ・ ア ン ト ン ・ チ ェ ー ホ フ /演 出 : 蜷 川 幸 雄 /銀 座 セ ゾ ン 劇 場 /1992年 11月 ), 祈 る 女 ( サ ー ド ス テ ー ジ /作 : 鈴 木 勝 秀 /演 出 : 木 野 花 /青 山 円 形 劇 場 /1995年 1月 ), 戸 川 純 一 人 芝 居 『 マ リ ィ ヴ ォ ロ ン 』 ( ト ム プ ロ ジ ェ ク ト /作 ・ 演 出 : 北 村 想 /新 宿 シ ア タ ー ト ッ プ ス ・ 他 /1997年 6月 ), 雨 か し ら ( R・ U・ Pプ ロ デ ュ ー ス /作 : 内 藤 裕 敬 /演 出 : 木 野 花 /新 宿 全 労 済 ホ ー ル  ス ペ ー ス ・ ゼ ロ /1998年 4月 ), 羅 生 門 ( 作 : 芥 川 龍 之 介 /演 出 : 渡 辺 和 子 /初 台 新 国 立 劇 場 /1999年 6月 ), わ ら の 心 臓 ( 第 三 エ ロ チ カ /作 ・ 演 出 : 川 村 毅 /三 軒 茶 屋 シ ア タ ー ト ラ ム /2000年 5月 ), 戸 川 純 二 人 芝 居 『 ラ ス ト ・ デ イ ト 』 ( 淡 路 島 ・ 淡 路 夢 舞 台 創 造 祭 /作 ・ 演 出 : 岩 崎 正 裕 /新 宿 ス ペ ー ス 107・ 他 /2000年 12月 ), ナ イ ロ ン 100℃  21st session『 す べ て の 犬 は 天 国 へ 行 く 』 ( ナ イ ロ ン 100° C/作 ・ 演 出 : ケ ラ リ ー ノ ・ サ ン ド ロ ヴ ィ ッ チ /下 北 沢 本 多 劇 場 /2001年 4月 ), 水 曜 劇 場 『 し あ わ せ 戦 争 』 全 17話 ( TBS 1980年 ), 金 曜 ド ラ マ 『 想 い 出 づ く り 。 』 2話 ( TBS 1981年 9月 25日 ), 『 刑 事 ヨ ロ シ ク 』 全 10話 ( TBS 1982年 5月  – 9月 ) 日 曜 8時 枠, 金 曜 ミ ス テ リ ー 劇 場 『 過 去 の な い 女 た ち 』 ( 1982年 7月  – 8月 、 TBS、 全 5話 ), 金 曜 劇 場 『 君 は 海 を 見 た か 』 全 11話 ( CX 1982年 10月 15日  – 12月 24日 ), ポ ー ラ テ レ ビ 小 説 『 お ゆ う 』 全 130話 ( ANB 1983年 4月 4日  – 9月 30日 ), 『 あ と は 寝 る だ け 』 全 13話 ( ANB 1983年 4月 14日  – 7月 7日 ) 木 曜 9時 枠, 『 Aカ ッ プ Cカ ッ プ 』 全 20話 ( TX 1983年 4月 20日  – 8月 31日 ), 金 曜 ド ラ マ 『 無 邪 気 な 関 係 』 全 13話 ( TBS 1984年 1月 6日  – 3月 30日 ), 金 曜 女 の ド ラ マ ス ペ シ ャ ル 『 不 信 の と き 』 ( CX 1984年 12月 28日 ) 単 発, 木 曜 ド ラ マ ス ト リ ー ト 『 払 い 戻 し た 恋 人 』 ( CX 1985年 10月 24日 ) 単 発, 『 花 田 春 吉 な ん で も や り ま す 』 全 13話 ( TBS 1985年 ) 金 曜 8時 枠, 金 曜 ド ラ マ 『 華 や か な 誤 算 』 全 11話 ( TBS 1985年 12月 13日  – 1986年 2月 28日 ), 『 松 本 清 張 サ ス ペ ン ス ・ 隠 花 の 飾 り ?箱 根 初 詣 で 』 ( CX 1986年 6月 2日 ) 単 発, 『 太 陽 に ほ え ろ !』 第 701話 「 ヒ ロ イ ン 」 ( 1986年 、 NTV)  – 清 水 多 美 子 ※ メ イ ン ゲ ス ト と し て 出 演, 水 曜 ド ラ マ ス ペ シ ャ ル 『 亜 樹 子 ・ 哀 し み 色 の 罠 』 ( TBS 1986年 9月 3日 ) 単 発, 火 曜 サ ス ペ ン ス 劇 場 『 死 角 関 係 』 ( NTV 1987年 4月 28日 ) 単 発, 『 ジ ャ ン グ ル 』  第 33話 「 ブ ラ イ ン ド の 向 う 側 」 ( NTV 1987年 12月 4日 ), 『 ハ ロ ー !グ ッ バ イ 』  第 7話  刑 事 の 初 恋 物 語 ( NTV 1989年 ), 火 曜 ス ー パ ー ワ イ ド 『 24歳 お ん な だ け の 露 天 風 呂 』 ( ANB 1990年 3月 6日 ) 単 発, 火 曜 サ ス ペ ン ス 劇 場 『 殺 意 の 団 欒 』 ( NTV 1990年 10月 23日 ) 単 発, 笑 っ て い い と も !