堀田隆一『英語史で解きほぐす英語の誤解』中央大学出版部, 2011, p. 75. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bayeux_Tapestry_scene57_Harold_death.jpg#/media/ ファイル:Bayeux_Tapestry_scene57_Harold_death.jpg (2020/09/07 available). 学生:先生、フランス語には英単語と同じ綴りや似た綴りの単語がたくさんありますね。私はフランス語を学びはじめてまだ数ヶ月なのですが、今まで教科書に出てきた単語のなかにも、英単語と同じ綴りのフランス語の単語がいくつもあります。例えば、table「テーブル」、image「イメージ」、attention「注意」、nation「国家」、cousin「いとこ」、service「サービス」、culture「文化」、style「スタイル」、train「列車」、journal「新聞」とか。綴りが同じなので、つい英語読みしてしまって先生に注意されたりすることがあるのですが。英語とフランス語でこんなに共通した語彙が多いのはなぜでしょうか?, 学生:フランス語は、西ローマ帝国領内で話されていたラテン語が変化したものですよね[注1]?, 先生:そうだよ。フランス語、イタリア語、スペイン語などは、口語ラテン語がそれぞれの土地で変化した言語で、ロマンス語って呼ばれている。ロマンス語はラテン語を母親とする姉妹のような言語だから、語彙も文法も互いによく似ているんだ。, 学生:英語とフランス語に共通した語彙が多いのは、英語もロマンス語の仲間だからですか?, 先生:いや、英語はゲルマン語派の言語で、ドイツ語や北欧のスカンジナヴィア言語(デンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語)、そしてオランダ語に近い言語なんだよ。インド=ヨーロッパ(印欧)語族の言語系統樹を見るとわかるけれど、英語とフランス語は同じ印欧語族に含まれるとはいっても、かなり遠い親戚なんだね。, 先生:ただ語彙の面から見ると、英語は純粋なゲルマン語系の言語とは言いがたい。というのも現代英語の語彙構成は、本来の英語や古ノルド語からの借用が約3割なのに対して、フランス語とラテン語からの借用が5割から6割だからね[注3]。, 学生:なぜ英語はゲルマン語系の言語なのに、フランス語やラテン語由来の語彙をこんなにたくさん含んでいるのでしょうか?, 先生:それには中世の仏英間の歴史が関わっているんだよ。君は確か世界史が得意だよね? 世界史の年号で1066年と言えば何があった年かな?, 学生:ノルマン・コンクエストですね。ノルマンディ公ウィリアム William, Duke of Normandy(1027/28-1087)がイギリス王に即位して、ノルマン朝を創始しました。, 先生:そうだ。北フランスの都市、バイユーで見つかったタピスリーにこの歴史的大事件の様子が描かれているね。ところでノルマン朝を創始したウィリアム王は何語を話していたのかな?, 先生:ウィリアム王の生まれも育ちも北フランスのノルマンディだよ。だから彼が話していた言語は、フランス語なんだ。だから名前も英語名のウィリアム William ではなくて、フランス語名のギヨーム Guillaume と呼ぶほうがふさわしいかもしれない。フランス語では、彼は「征服王ギヨーム」Guillaume le Conquérant と呼ばれているんだ。, 学生:でもイギリスでは、当然英語が話されていたんですよね? イギリス王になったギヨームは英語を話さなかったのでしょうか?, 先生:うん、ギヨームはイギリス王ウィリアム1世になったあとも、フランス語話者だった。イギリス王になってからも、ノルマンディ公の所領と称号は保持したままで、ノルマンディ公としてはフランス国王に対しては臣下だったんだ。ノルマン・コンクエストのあと、2万人のノルマン人がイギリスに渡って、イギリス社会の重要な地位を独占する。それから14世紀の半ばまで、イギリスでは政治、裁判、教会などの公的な場ではフランス語が使われていたんだ[注5]。, 先生:いや支配者の王侯貴族や教会の高位聖職者たちはフランス語を話していたけれど、イギリスの住民のほとんどは英語を話していた。イギリスは、少数の支配者のあいだで使用される政治・法律・宗教などの高尚な文化と結びついたフランス語と、大多数の人民が使用する卑俗な日常言語の英語の2言語社会になったんだ。ノルマン朝を引き継いだプランタジネット朝の最初の王、ヘンリー2世 Henry II [注6](1133-1189)は、父からアンジュー伯領、母からノルマンディ公領を受け継いだだけでなく、妻、エレアノール Eleanor of Aquitaine [注7](1122-1204)が所有していたアキテーヌ公領も手に入れ、イギリス全土とフランス西半分をあわせる広大な地域を領有した。, 学生:イギリスの王様はフランスとそんなに強い関わりを持っていたのですね。イギリスの王様がフランスにも領土を持っていたというよりは、フランス人の王様がイギリスも支配していたみたいな感じですね。, 先生:ヘンリー2世はフランスのル・マン生まれだし、奥さんのエレアノールはフランス南西部のアキテーヌ出身なので、どちらかというとフランスへの帰属意識のほうが強かっただろうね。ただフランスの領主としてはノルマンディ公、アキテーヌ公、アンジュー伯で、王様ではなかった。フランス国王に臣従しているかたちだったんだ。プランタジネット朝の第3代の王、ジョン失地王 John Lackland(1167-1216)の時代にイギリスは、大陸領土の大半を失ってしまうのだけれど、プランタジネット朝の最後の王、リチャード2世(1367-1400)まで歴代イギリス王の母語はフランス語だったんだよ。, 学生:この時代の支配層がもっぱらフランス語を使用していたので、英語にはフランス語系の語彙が多いのですか?, 先生:その通りだよ。この頃の英語は中英語 Middle English と呼ばれるのだけれど、1066年から15世紀頃までに約1万語のフランス語の語彙が中英語に取り入れられ、そのうち7500語が現代英語に伝わっているんだ[注9]。, 先生:フランス語からの借用はあまりにも多くて枚挙に暇がないのだけど、よく言及される例としては食肉と家畜の名称だね。英語で牛肉、子牛肉、羊肉、豚肉はどういう単語か言える?, 学生:牛肉は beef、子牛肉は veal、羊肉は mutton、豚肉は pork ですよね。, 先生:うん、正解だ。これらの英語の食肉名はみんなフランス語が語源なんだよ。beef は bœuf、veal は veau、mutton は mouton、pork は porc。, 先生:そうだね。bœuf は「牛肉」だけでなく「牛」の意味もある。veau、mouton、porcもそうだね。« J’aime le bœuf. フランス語・ドイツ語・そしてほんの少し英語のの~んびり楽しみながらの学習記です♪ 広告 ※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。 の de は何に由来するの?, 第13回 なぜ、de bons restaurants の de は、des じゃないの?, 第15回 どうして直接目的語が前にあるとき、 過去分詞は性数一致しなくてはならないの?, たとえば、「用件、問題」affaire、「日付」date、「間違い」erreur、「画像」image、「影」ombre は、かつて男性名詞だった。「気まぐれ」caprice、「空間」espace、「うそ」mensonge、「毒」poison、「沈黙」silence は、かつて女性名詞だった。. » は、「(食肉としての)牛が好き」、« J’aime les bœufs. © SANSEIDO Co., Ltd. Publishers. 言語の歴史はその言語を話す人々の歴史と複雑に結びついているのだけど、英語とフランス語の関係は、その事例のひとつとして興味深いね。, 有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。, 大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究, パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩), 早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究, 東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学, フランス語ってムズカシイ? 覚えることがいっぱいあって、文法は必要以上に煩雑……。, 「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!.