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なんでそうなるの!?」『だってこの仕事、先に引き受けたの私だもんね! 早いもの順!』 チカが増槽を落とした。チカの隼は敵の編隊を目がけて、ぐんぐん加速していく。「ったくもうバカチ!」『バカって先に言ったやつがバカだし!』 キリエも増槽を落とす。左手に握ったスロットルレバーを押し込み、加速。プロペラの回転数が増し、身体全体に伝わってくる振動がさらに強くなった。油の臭いといい、気候といい、耳をつんざく爆音といい、空は地上と比べればはるかに苦痛な環境だ。それにもかかわらずキリエはこの感覚が好きだった。 チカの後ろを追い、仕方なく支援態勢に入る。二人の駆る隼は、六機の戦闘機へ勢いよく突っ込んでいった。 きっと自分は一生飛行機に乗り、飛び続けるのだろうなと思った。, 「キリエちゃん、これ三番へお願い!」「はい!」 目の前に出された皿にはアホウドリの唐揚げが山盛りになっており、醤油の香りを漂わせている。キリエは左手にはビールの注がれたジョッキを三つ持ち、右手に唐揚げの皿を載せ、男たちが囲む三番テーブルまで運んでいく。「おい嬢ちゃん、注文頼む!」「こっちもだ!」「ミートパイがまだ届いてないよー!」 店内のテーブル席は満席に近く、あちこちから注文の手が上がる。「はーい! いま行くから!」「うわーっ!」 後ろでチカが大きな悲鳴を上げた。次いでガチャガチャーンと陶器の割れる音が響く。キリエが振り向くと、散らばった大量の皿と、その中心で尻餅をついているチカの姿が。「チカ! もう何やって……わ!」 近寄ろうとしたキリエの足がもつれた。キリエもまた盛大にすっ転んで、片付けようとしていた皿を盛大に放り投げてしまう。宙を飛んだ丼が、キリエの頭にかぽっとはまった。「おいおい嬢ちゃんたち、何やってんだ!」 そんな二人を見て、ガハハハハと馬鹿でかい声で客たちが笑った。「……あーもう!」 キリエは髪についた米つぶを払いながら立ち上がる。黒いニーソックスに丈の短いスカート、そして大きく露出した胸元には未だに慣れない。いつもの服とは違い、普段リリコが着ているのと同じウェイトレスの衣装にキリエは身を包んでいた。「キリエ、またドジってんじゃん!」 立ち上がったチカが笑う。彼女も同じくウェイトレスの制服を着ている。「はぁ? チカのほうがミスしてるじゃん!」「私まだ今日二回目だもんね。キリエは三回目!」「昨日は私のほうが少なかったし!」 キリエとチカはにらみ合い、取っ組み合おうとしたが――。「おい嬢ちゃん! 注文だって言ってんだろ!」「キリエちゃん! これ早く運んでー!」「「……! はーい!」」 チカは客の注文を取りに、キリエは厨房へと駆けだした。 二人がこの店でウェイトレスとして働きだして、もう一週間が経っていた。(まったく、どうしてこんなことに――) * ことの発端はおよそ一週間前、キリエとチカがアナグマ団を撃退したときへと遡る。「こんのアホンダラが!」 ラハマの格納庫に怒声が響いた。着陸した隼から顔を出したキリエを出迎えたのは、整備班長であるナツオの拳骨だった。キリエは頭頂部を押さえて蹲る。「班長、だって……」「だってもヘチマもあるか! あんだけ無茶するなって言ったのに無視しやがって! 修理したばっかなのにもうぼろぼろじゃねえか!」 ナツオは格納庫に停まっている隼を指さした。先ほどまでキリエが乗っていた隼一型は、主翼や尾翼に敵の機銃を受け大きく損傷している。「へへーん、キリエ怒られてやんの!」「おめーもだチカ!」「いたぁ!」 うきうきと近寄ってきたチカの頭を、ナツオが同じくぶん殴る。チカの機体もキリエに負けず劣らず損傷しているありさまだ。「ったく出撃前にあれだけ言ったろ。今は機体も弾もとにかく物資が足りてねえって!」 イサオ率いる自由博愛連合との戦いから、既に半年近くが経過していた。イケスカ上空の穴を塞ぐために、オウニ商会は羽衣丸を失った。とはいえそのまま黙っているマダム・ルゥルゥではない。完成はまだ少し先になるが「第二羽衣丸」を建造中である。 羽衣丸を使っての大規模な輸送こそできないが、オウニ商会自体は営業中だ。キリエとチカが引き受けていたのは、ガドール行きの輸送船を往復で護衛する任務。往路は何事もなかったが、復路では空賊が襲来。最近ラハマ近辺で目撃が多発していたアナグマ団という空賊で、疾風一機に零戦二一型五機の六機編成。二人で計五機の零戦を撃墜し、輸送船への被害もなかった。ただ任務は達成されたが、二人の機体はぼろぼろだった。「でも私は三機墜としたもんね! キリエは二機! しかも疾風を逃がしてるし!」「チカの一機は私が追い込んだおかげでしょ。それに逃がしたのはチカが私の前を変な飛び方してたからだし! そうじゃなければ私はちゃんと三機墜としてたから!」 格納庫でギャーギャーと争うキリエとチカ。 眉間にしわを寄せて腕を組んでいたナツオが、大声を発する。「静かにしろお前ら! とにかく! 当分の間、隼は修理に回す!」「当分ってどれくらい?」 キリエが聞くと、ナツオは仏頂面で指を三本立てた。「三日かぁ。それくらいならへっちゃら」 笑うチカに、ナツオは首を振った。「三週間だ」「「三週間!?」」 キリエとチカは目を丸くする。「なんでそんなにかかるの!? いつもは一週間くらいで修理しちゃうのに!」とキリエ。「前にも言ったろ。イケスカの騒動があって、もとより少なかった資源がさらに高騰してるんだ。民間も空賊に対抗するために需要が増えてるしな。私もなるべく早く修理できるよう努力はするが……当分は大人しくしてるんだな」, 竣工前でまだ飛ぶことのできない第二羽衣丸だが、内装はだいぶ出来上がっている。第二羽衣丸内にある新たなジョニーズ・サルーン。ジョニーは棚に食器を並べている。キリエとチカはカウンター席に並んで座っていた。チカはカウンターに顔をつけ、足をぶらぶらとさせながら不満そうに言う。「ピンピンしてんのに隼に乗れないとかホントつまんない!」「三週間……三週間って長すぎるよ!」とキリエも口を尖らせる。 今まで怪我などの理由で隼に乗れないことは何度かあった。しかし自身は元気にもかかわらず、こんな長期間も乗れないのは初の事態かもしれない。「まあまあ、これでも食べて元気だしなよ」 ジョニーが二人の前にカレーとパンケーキを出した。「パンケーキ!」 キリエはナイフとフォークを取り、ふかふかのパンケーキを切り分ける。口を大きく開けて、パンケーキをほおばった。「やっぱパンケーキ最高! 最高だけど……やっぱリリコさんのが一番かなー」「ごめんよう……」とジョニーはしゅんとした顔で謝罪した。 へこんでいたキリエたちを見かねてジョニーが特別に開けてくれたが、ジョニーズ・サルーンは現在休業中だ。それに伴いリリコもウェイトレスとしての仕事を一時的に休んでいた。「……チカさ。これからどうする? この三週間もお金稼がなきゃなんないでしょ。今回の修理費とか弾代もあるし」「どうするって、また護衛でも引き受けるよ。あ、今度はキリエとは別の!」「隼に乗れないんだから、その護衛も引き受けられないじゃん」「……あ。ってことはなに? 三週間私たち何にもできないの!?」「多分」 くぅーっとチカは呻いて、足をバタバタさせる。 と、スウィングドアの絵が描かれている入り口扉が開いた。見ると、中に入って来たのはマダムだった。いつものように真紅のドレスを着て、手にはキセルを持っている。彼女はカウンターのキリエたちを見て微笑みを浮かべた。「ちょうどいいところにいた。キリエ、チカ。あなたたち二人に頼みたい仕事があるの」 キリエはカウンターからマダムを見つめた。「マダム、私たち隼が修理中で……」「聞いているわ。隼に乗らなくてもできる仕事よ」「なに? 雑用? 床掃除とか? トイレ掃除?」とキリエ。「副センにやらせとけばいいんじゃない? 得意そうだし」とチカ。, 「へっぷし!」 船橋でサネアツは一人くしゃみをした。手には大きな櫛を持っている。「なんだ。誰か噂でもしてるのか……?」「グワーッ!」 目の前のドードー船長が口を大きく開け、叱責するかのように叫んだ。「分かりましたよ、落ち着いてくださいよ」 サネアツはしぶしぶと、船長の毛並みを整える作業を再開した。, 「あなたたち、酒場で働いてみる気はない?」 マダムの言葉に、キリエたちは顔を顰める。「「酒場ぁ?」」「期間は隼が直るまでの三週間ほど。報酬は通常の三倍付けで出してくれるそうよ」 キリエとチカは顔を見合わせる。「……酒場って何? 食べるほうじゃなくて接客すんの?」とチカが問う。「ムリムリムリ! 私もチカもできるわけないじゃん!」 生まれてこの方、戦闘機に乗ることでしか生計を立ててこなかった二人だ。自分たちがウェイトレスとして働くなど想像すらできなかった。 マダムはキリエの横に座って、息を吐く。「そう、残念。まかないもたくさん出してくれると思うけれど」「まかない?」「報酬とは別に料理をふるまってくれるの。ちなみにそこのお店――」マダムは嫣然とした微笑みを浮かべた。「カレーとパンケーキがとても美味しいらしいわ」 チカとキリエは、またしても二人で顔を見合わせた。, 「『ハーヴィー』ですか」キリエたちが出て行ったあとで、ジョニーは呟く。「リリコちゃんから聞いたことがありますよ。なんでも今までにないタイプの小奇麗な酒場だとか。イサオの爆撃騒ぎの前は、ラハマだけでなく他の街へも進出する予定があったらしいですね」「あれは大きくなるわ。今のうちに顔を売っておいて損はないわよ」「……しかしマダム、だとすればあの二人を推薦するのは無茶なんじゃ? 苦情がきちゃいますよ」 マダムはジョニーから受け取ったグラスを揺らして微笑む。「冗談でしょう。私からあの二人を推薦したと思ってるの?」, 翌日の夕方、キリエとチカは早速その酒場へとやってきた。店は、ラハマの中心を貫くように延びている表通りに面していた。「酒場って……ここ?」 キリエは店を見つめた。ありがちなスウィング式の扉。上には「ハーヴィー」という看板が掲げられている。外観はそこそこ小奇麗に見える。「ええ~、本当にここで働くのぉ? ご飯だけ食べて帰んない?」 チカはもう入る前からうんざりとしている。「もうマダムに伝えてもらって正式に引き受けちゃったし」「ったく、キリエがパンケーキなんかに釣られるから」「なんかってなに。パンケーキは世界一美味しい食べ物なの! それにチカだってカレーに釣られてたじゃん」「仕方ないじゃん。美味しいカレーだなんて言われちゃあ」 二人が扉の前で言い争っていると、スウィングドアが内側から開いた。店の中から顔を出したのは、キリエより少し年上くらいに思われる眼鏡をかけた女性だ。ワイシャツの上に黒のベストを着て、蝶ネクタイを身に着けている。「コトブキ飛行隊のキリエちゃんとチカちゃんね?」 キリエたちが頷くと、彼女はぱぁっと顔を明るくした。「さ、入って入って! 待ってたわ」 促されるままに、キリエたちは店の中に入る。内装は非常に整っており、花のような甘い香りが漂い、品のよい調度品が置かれている。「「へぇ~」」 二人は感心したように内装を眺める。キリエたちの行く酒場といえば、床には湿ったおがくずが広がり、店の隅には痰壺、客は荒くれものばかりでマスターがショットガンを持ち出すこともしばしばだが、ここはそれとは違うらしい。昼間にやっている食堂に近い雰囲気で、家族連れでも入りやすそうだ。「私、この店のマスターのハーヴィー。よろしく」 手を差し出したマスターに、キリエとチカも応えた。「で? 私たちは何すればいいわけ?」とチカ。「そうね。二人には接客や皿洗いを担当してもらおうと思ってるの」 今現在、店員はマスター以外に一人もいないらしい。厨房はマスターが一人で担当するから、キリエたちは注文取りや皿洗いをすればいいとのことだ。二人ともろくに料理を作ったこともないし、助かる話だ。「さ、それじゃあ二人には早速着替えてもらおうかな?」「着替えるって、なにに?」 問いかけるキリエに、マスターは眼鏡をくいっと上げる。「この店の制服」, 「制服って……なんでこの服を着なきゃなんないの!?」 自分の姿を見て、キリエは思わず悲鳴のような声を上げた。キリエが身に着けているのは黒のニーソックス、そして青と白の入り交じった制服――ジョニーズ・サルーンのウェイトレスであるリリコが身に着けているものと同じだ。スカートは丈が短く、また上半身も胸元が大きく露出している。あまりにも肌の露出が多い服に、キリエは思わず顔を赤らめる。 着せた張本人であるマスターは微笑んでいる。「似合ってるわよ、キリエちゃん」「この服を着こなせるのなんてリリコさんくらいだよ! 私たちには無理!」「でもチカちゃんは気に入ってくれたみたいだけど」「ええ!?」 マスターの言うように、チカは恥ずかしがりもせずくるくると回って服をひらめかせている。そんなチカを、キリエは恨めし気に見つめた。「チカ、あんた何も思わないの?」「べっつにー。動きやすいし。ってかキリエがいつも着てる服もそれくらいの長さじゃん」「いつもはちゃんと下に穿いてるし! それにこれでお客さんの相手するってなるとさ……」 キリエはスカートの裾を押さえた。いつもとは違う服装、さらには飛行機ではない仕事というのがキリエの羞恥心を増大させていた。もしこんな格好を知り合いにでも見られたら最悪だ。「大丈夫。恥ずかしいのは最初だけでそのうち慣れるわよ」とマスター。 キリエはいまさらになって少し後悔し始めた。だがチカが気にも留めていない以上、自分も腹をくくって仕事に臨むしかなさそうだ。 ギィ、とスウィングドアの軋む音がした。扉の外に人影が見える。「お客さん来たわよ。よろしくね二人とも」 マスターは二人の背中をぽんと押すと、カウンターへと戻っていく。「らっしゃーい!」と言うチカ。「いらっしゃ……い」キリエも若干の恥ずかしさを感じながら挨拶を口にする。 入って来たのは男の二人組だ。先に入って来た男が、連れに楽しそうに話しかけている。「ここがなかなか評判良くてよ。飯は美味いしウェイトレスも可愛いらしいんだわ」 二人の顔を見て、キリエは「げ」と声を出す。 客も同じくキリエたちを見て「げ」と口を開けた。「お前ら、なにやってんだ?」 入って来たのはコートを着た少しキザな男と、髭を生やした神父風の男。ナサリン飛行隊のアドルフォとフェルナンドだった。「あっ、おっさんたち! なんでいんの?」とチカ。「こっちの台詞だ。なんだその格好……?」 アドルフォはチカのウェイトレス姿を怪訝そうに見つめている。「見りゃ分かるでしょ! ウェイトレス! 私たち今日からここで働いてんの」「ウェイトレスって嬢ちゃんがぁ? 世界で一番向いてないんじゃ……。じゃあ、そっちの嬢ちゃんは……」 アドルフォはチカの隣――顔を背けているもう一人のウェイトレスに目をやった。キリエは静かに息を吸い込んで、アドルフォたちへと顔を向けた。口角を上げる。「私、リエリエだよ! いらっしゃい」「……」「……」「……」 チカとアドルフォが黙り、フェルナンドは仏頂面を一層濃くした。場を沈黙が包む。みな険しい顔つきで、いきなりリエリエだとか名乗り出したキリエを見つめている。「……いや、なに言ってんのキリエ?」 不思議そうに尋ねてくるチカに、キリエは首を振る。「キリエじゃないよ、リエリエだよ。キリエちゃんの親戚ですごく顔が似てるって言われるから!」 再び店の中を沈黙が流れる。 ごほんごほんと、アドルフォが咳払いをした。「あー、それじゃ席に案内してもらおうか。……リエリエ?」「はい! それじゃあこっちに……」 テーブル席へとアドルフォたちを案内するキリエもといリエリエを見て、チカが呟く。「おっさんたちに気ぃ遣われてやんの」 テーブルについたアドルフォたちに、キリエはメニューを差し出した。気恥ずかしそうに、スカートの裾を押さえてしまう。アドルフォは顔を上げて、キリエに尋ねる。「おすすめのメニューとかはあるのか? ……リエリエ?」「えっとね、一番のおすすめは……うん、パンケーキかな」「……それ、嬢ちゃんが好きなだけじゃないのか?」「パンケーキは誰がいつどこで食べても美味しいの!」「あー、分かった分かった。それじゃ取りあえずこれ」 アドルフォとフェルナンドは酒や唐揚げ、イジツ定番の食事であるケチャップ丼など、適当に選んだ。「それで頼むわ」 と言いかけたアドルフォだが、キリエがじーっと見つめていることに気づく。「……。それとパンケーキを頼もうか」「オッケー!」 カウンターへと向かっていくキリエを見て、フェルナンドが呟く。「……お前もよくやるな、アドルフォ」「いい男ってのは、女の見え透いた嘘を受け入れてやるもんさ。それにしても……」 アドルフォはウェイトレス姿のキリエたちに目をやった。ミニスカの下からは、健康的なすらりとした足が伸びている。「色気ねぇなぁ……。隊長さんたちならまだ目の保養になったのによぉ」「そんな目移りばかりしているから、お前は……」 しばらくすると、こんもりと盛られたアホウドリの唐揚げとビールをチカが運んできた。 皿を置いて戻ってきたチカを見て、キリエは言う。「……ねえ、チカ。なんか私たち意外にできてる感じしない?」「するする! なに、ウェイトレスの才能あんのかな?」 スウィングドアが開いて、新たな客が入ってきた。「「いらっしゃーい!」」 声を出し、接客をするキリエたち。 意外と失敗なくいけるではないか、と楽観的に思う二人。 だがすぐにボロは出始めた――。, 「おい、なんだこれ!」 アドルフォは運ばれてきたパンケーキの皿をキリエへと突き返す。ホイップクリームが山盛りになっており、パンケーキが隠れてしまっている。「食べやすいように追加しておいただけなんだけど……?」「余計なことをするんじゃねえよ! こんな量のホイップ、甘ったるくて胃もたれするだろう! ましてやツマミだとかと一緒に食えるか!」「何言ってるの! パンケーキはどんな料理にもあうんだから! 見てこの雲よりも軽くて柔らかそうなホイップの山! ご飯何杯もいけちゃう!」「まさかお前、パンケーキをおかずにご飯を食うつもりか……? 正気じゃねえ!」 キリエとアドルフォが言い争っていると、「はぁ!?」 と後ろからチカの大きな叫び声が聞こえた。振り向くと、チカが歯をむき出して客とにらみ合っていた。今にも掴みかかりそうな勢いだ。「聞き返すのがそんなに悪いの? いきなりそんなメニュー捲し立てられて覚えられるわけないじゃん! もっとこっちのことも考えて発言しろよな!」「ウェイトレスのくせになんだその態度は。こっちは客だぞ!」と若い男。「ウェイトレスじゃない! いや今はウェイトレスだけどコトブキ飛行隊の一番槍、チカ様だ!」「知るかそんなこと!」「知っとけよ! そこは知っとけよ! なんなの、やる? やるか!」 客が席から立ち上がった。チカは一歩も引かず、敢然として立ち向かう。周りの客たちは笑いながら囃し立てる者もいれば、心配そうにチカを見つめている者もいる。 客は両手を大きく広げ、チカを捕まえようと前に飛び出た。だが、チカは潜り込むように軽くそれを躱す。捕まえ損ねた客の足に、チカが後ろからローキックを入れた。バランスを崩した客が床に突っ込む。「どうだ、みたか!」「おお! やるじゃねえか!」 予想外のチカの活躍に周囲の客たちが沸き立つ。「チカってば! 何やって――」 止めに入ろうとしたキリエだが、「やるなお嬢ちゃん!」 近くの客が手を大きく振りながら立ち上がって――キリエの持っていた皿を弾いた。「あ」 載っていたパンケーキが、放物線を描いてホイップ側から床へと落ちる。「ああああ! 私のパンケ―――――――――――キ!」「いや、注文したの俺だよな?」 というアドルフォの苦情は、キリエの大声にかき消された。「よっくも私のパンケーキに手を出したな!」「ん、なんだ君?」「パンケーキの恨み晴らさでおくべきか!」「お、なんだなんだ。こっちでも始まったか!」 新たに始まりかけている喧嘩に、一部の客たちがさらに沸き立つ。「ちょっと二人とも。何やってるの!」 カウンターからエプロン姿のマスターが飛び出してきた。なんとか騒ぎを鎮めようと声を張り上げているが、客たちの声援にかき消されてしまう。「おりゃあ!」 チカが客を持ち上げて、床へと投げつける。「てやあ!」 キリエが客を勢いよく蹴りつける。, 読んでいただきありがとうございました。続きは製品版(電子版も発売中)でお楽しみください。以下のリンクより購入が可能です。, ジャンプ×ノベル「JUMP j BOOKS」(集英社)の公式アカウントです。